ドイツの“ティアハイム”モデルの日本導入を目標に。 「一般社団法人日本トラウムハイム協会」設立記念シンポジウム


“ティアハイム”という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。
ドイツの動物保護施設のことで、その仕組みや位置づけは、日本の動物愛護センターや既存の動物シェルターとは異なります。
いろいろな面から注目される、ドイツのティアハイム。
そのティアハイムを理想的なモデルのひとつとし、日本に導入することを目指す一般社団法人が設立され、記念シンポジウムが開催されました。
募集と同時に即満席となった話題のシンポジウムの様子をリポートします。

会場となったのは六本木のアイペット損害保険株式会社の会議室。一般の方の他、ペット業界関係者も多く集まった。

個性的な専門家が集結した協会

3月25日の午後、東京都内で一般社団法人日本トラウムハイム協会(以下JTA)の設立記念シンポジウムが開催されました。
シンポジウムのタイトルは『ドイツのティアハイムモデルの日本導入を目指して! 人と犬猫と全ての生き物の命とともに住める夢の家と社会実現に向けて』。
60名の定員のところ急遽80席に増席された会場は、早くも熱気でいっぱいでした。

理事の林太郎弁護士の開会の挨拶に続き、代表理事のドイツ在住獣医師、クレス聖美さんから『協会設立の目的と目指す未来』と題した講話が始まりました。

クレス聖美さんは、北海道大学獣医学部卒業後すぐ渡独し、以後約30年にわたり、自身が副院長を務めるドイツの動物病院で獣医療の現場で活躍した経験をお持ちの獣医師です。
近年は頻繁に来日し、都内の動物病院での客員診療や講演活動などを行っています。
“猫の島”として有名な宮城県田代島でのボランティア診療の活動が、何度か新聞やテレビでも紹介されているので、「猫の島でボランティアをしているドイツのクレス先生」といえば、ピンと来る方もいらっしゃるかもしれません。

クレスさんが強調していたJTAの特徴は、理事メンバーの専門性が独特であるということです。
ドイツ在住獣医師のクレスさんの他に、同じくドイツ在住の獣医師でティアハイムやドイツの関連法規に精通するアルシャー京子さん、野生動物や自然環境の国際的な保全プロジェクトに長年携わってきた、獣医師で大学教授の坪内俊憲さん、同じく獣医師で東京都の職員として行政の立場から動物に関する様々な問題に携わってきた三好康子さんと、特徴的な経歴を持つ獣医師が4名理事に名を連ねます。
ペット住宅の専門家である建築士の清水満さん、冒頭で開会の挨拶をした弁護士の林太郎さんは動物愛護に関する諸問題のスペシャリスト、他にも長年にわたりペット業界に携わっていたメンバーや、教育や福祉問題に精通するメンバーが集結。それぞれの異なるバックグラウンド、専門性がJTAの特殊性だとクレスさんは語ります。

協会名に込められた想い

トラウムハイム協会の「トラウムハイム」とは、ドイツ語の「Traum(夢)」と「Heim(家)」をかけあわせた造語。目指す施設が、動物にとっても人にとっても「夢の家」になるように、との想いが込められているとのことです。

では、JTAが目指す“夢の家”とは何なのでしょうか?
協会が掲げる目標をご紹介します。

1. 老犬老猫ホームの設立とそこにおける老齢犬猫の終末期看護、看取り。
2. ドイツモデルのTierheim(ティアハイム)の設立と動物の受け入れ、飼育。
3. 犬猫好きの元気なお年寄り、障害を持った若者達への職業機会の提供。

4. 里親探しボランティアとの連携した里親探し。

5. 里親が犬猫を容易に飼育できる環境の提供(犬猫の訪問健康管理、飼育できなくなった時の受け入れ確約)
6. ペットと老後を安心してくらせるシニア施設と健康管理サービスの提供。(動物病院併設し、獣医師、人の看護師が常駐し、お年寄りの健康管理の為に病院と連携する)

7. 問題行動犬猫の再訓練。

8. 命の教育施設として学校と連携して、終末期の犬猫介護、Tierheimでの飼育などを子供達が見学、体験出来るシステムを作る。
(「一般社団法人日本トラウムハイム協会の目標とする事業」公式サイトより)

この目標がスライドで紹介されると、会場からは「おおー」というようなざわめきが起きました。
それを受け、クレスさんはこう言い切ります。
「あまりに高い目標で、そんなに簡単ではないということは、私たちも重々承知しています。私たちには志と各専門分野のノウハウはありますが、資金はないし、現時点でご報告できる華々しい実績はまだありません」

このタイミングでシンポジウムを開くということについても、メンバー内で議論を重ねたそうです。
「協会としてまだゼロの時点で、私たちが目指していることを皆さんにお伝えすることで、賛同してくださる皆さんと一緒にやっていけたらと考えています」(クレスさん)

なぜ“ティアハイム”モデルなのか?

今回のシンポジウムのタイトルにもある“ティアハイム”。
直訳すると「動物の家」。ドイツの動物保護施設です。
最近日本でも認知されてきたティアハイムですが、理想的な保護施設として賞賛される一方で、ときには誤った情報が伝えられることもあり、ティアハイム礼賛派とティアハイム否定派で、極端な意見もあるといいます。

「私たちは、ドイツのティアハイムが完璧で素晴らしいものだとか、そのまま丸ごと同じものを日本に作ろうとか、そういうことを考えているのではありません」(クレスさん)

行政が運営している日本の動物愛護センターと異なり、ドイツのティアハイムは全て民間団体が運営しているそうです。ただし、ティアハイムの運営には営業許可が必要で、施設の設備や動物の管理について細かく定められた法律基準を満たしているかどうか、定期的に厳しいチェックがあるとのことです。

また、国民のペットに対する意識も、日本とは大きく異なるとのこと。
ドイツでは、新しいペットを迎えるときにはまずティアハイムに行くのが当たり前、という文化が根付いているそうです。
たとえばフランクフルトで一番大きな規模のティアハイムの場合、収容されている動物のうち、犬は90%、猫は95%、うさぎはなんと100%が1年以内に新しい飼い主に譲渡されるとのことです。

そして、ティアハイムの素晴らしい点は、収容されている動物がみんな明るいことだとクレスさんは語ります。
「保護されている動物が、みんな明るく生き生きとして次の新しい家族との出会いを待つ、そんな施設が私たちの目指す“トラウムハイム”、夢の家です」

 

ティアハイムとは?

続いてベルリン在住の獣医師で、ドイツの動物福祉に精通しているアルシャー京子さんから『ティアハイムとは? ドイツにおけるペットの現状』というテーマの講話がありました。
アルシャー京子さんはドイツで獣医師の資格を取得し、その後ティアハイム勤務や獣医局という機関で動物保護の実務に携わるなど、ドイツの動物福祉に関する豊富な経験、知識をお持ちです。

まずは、ドイツにおけるティアハイムの歴史について説明がありました。
驚いたのが、なんと1870年には既にドイツ国内に200ものティアハイムがあったそうです。現在は、きちんと運営されているティハイムはだいたい700くらいあり、年間に約30万頭の動物が保護されるとのことです(うち犬は10万頭。犬猫、うさぎの他に鳥、魚、爬虫類、馬も)。

続いて、ヨーロッパ最大の動物保護施設であるベルリンのティアハイムを例に、ティアハイムの設備、運営体制、資金、人材などについて具体的な解説がありました。(※ティアハイムの詳しい情報は別途テーマで改めてご紹介します)

「ドイツと日本では法律も違うし、国民性も、動物福祉の歴史も異なります。
ただ、ティアハイムをひとつのモデルとして参考にし、システムとして日本にも取り入れることができる部分はたくさんあります」(アルシャーさん)

では、日本の現状は?

続いての講話は三好康子さん。
元東京都動物愛護センターの職員として、行政の立場からペットや動物に関する様々な問題の現場に長年携わってきたご経験をお持ちの獣医師です。

三好さんからは『日本のペットの置かれた現状』というテーマで、環境省の統計データを元に、東京都の殺処分数の推移と現状、センターに収容された動物の返還率などについて報告がありました。
「ドイツの後に日本の現状をお伝えするの、ちょっと話しづらいんですけど……」
と三好さんも仰る通り、ドイツに比べてあまりにも厳しい数字が続きます。

「法律である程度定めなければならないことはありますが、飼い主さんの意識が変わることが一番大事です。
ペットを飼うということは、実はとても大変なことです。
安易に飼うことなく、生き物を育てることの大変さと責任をしっかり理解した上でペットを迎えてほしいですね」(三好さん)

今後の課題

第2部は他の理事も交えたパネルディスカッションでした。
テーマは『私たちが目指すティアハイムモデル日本導入の可能性と方法について』です。

特に議題となったのが、
・日本にティアハイムを導入するにあたり障害となるのは何か?
・地域住民の理解を得るにはどうしたらいいか?
・行政の支援を得るにはどうしたらいいか?
・資金をどうやって集めていくのか?
というテーマです。

それぞれの議題について、理事が各専門分野の立場から見解を述べました。
印象に残ったのは、
「動物を保護、管理する施設を新たに建設する場合、まずは地域住民の理解が一番大切になります。実はそこがとてもハードルが高い。特に犬の場合は鳴き声の問題もあり、理解を得るのは簡単なことではありません」
という建築士の清水満さんのお話です。
他にも建築基準法、耐震基準の改正などから、まずは建築に関する法律の壁をクリアしなければならない、ということが説明されました。

廃校など既存の施設をティアハイムとして有効利用できないか、行政の支援を得られないかという取り組みは、クレスさんと、協会の発起人でもある坪内俊憲さんがこれまで何度か試みたそうです。しかしここにもいろいろな壁が。
「だからこそ、何か良いアイディアがないか、逆に皆さんのお知恵をお借りしたい」とクレスさん。
行政からの支援、連携については、
「SNSでの情報発信などで国民の意識が変わってきたことにより、その後押しで行政の意識も変わってきたところがあります。だからこの先、全くチャンスがないわけではないと思います」という意見も出ました(アルシャーさん)。

まずは猫のティアハイムを目指す

時間が大幅に押していることもあり、残念ながら議論が深まらない中パネルディスカッションは終了となりましたが、JTAの理念と今後の課題は明確となり、聴講していた参加者も、いろいろなことを考える機会となったのではないでしょうか。
JTAは当面の目標として、まずは猫のティアハイムをつくることを挙げました。それを踏まえて、半年後には第2回のシンポジウムを、規模を拡大して開催するとのことです。

最後、シンポジウムを締め括る坪内さんからこんなメッセージがありました。
「私たちは仲間が欲しいと思っています。たくさんの仲間に集まってもらい、みんなで知恵を出し合って一緒にやっていきましょう」

果たしてこれからどのような活動を行っていくのか、今後を注目したいと思います。

■写真提供:小西修さん

■一般社団法人日本トラウムハイム協会 http://jta-info.wixsite.com/jpta